法人化後の社会保険 ── 加入義務・保険料の計算・負担額シミュレーション
法人化したら社会保険は強制加入
個人事業主は国民健康保険と国民年金に加入するが、法人化すると健康保険(協会けんぽ or 組合健保)と厚生年金保険への加入が義務になる。
これは一人社長の法人でも例外なく適用される。
社会保険の全体像
| 保険 | 内容 | 個人事業主 | 法人 |
|---|---|---|---|
| 健康保険 | 病気・けが・出産の保障 | 国民健康保険 | 協会けんぽ or 組合健保 |
| 年金 | 老後・障害・遺族の保障 | 国民年金(基礎年金のみ) | 厚生年金(基礎年金+報酬比例) |
| 介護保険 | 40歳以上の介護保障 | 国保に上乗せ | 健保に上乗せ |
| 雇用保険 | 失業時の保障 | 事業主は加入不可 | 役員は原則加入不可、従業員は加入 |
| 労災保険 | 業務中の事故の保障 | 事業主は特別加入 | 役員は原則対象外、従業員は加入 |
役員は雇用保険に入れない
法人の代表取締役は雇用保険に加入できない。つまり、会社を辞めても失業手当は受けられない。これは法人化のデメリットの一つ。
社会保険料の計算方法
基本の仕組み
社会保険料は標準報酬月額を基に計算する。
社会保険料 = 標準報酬月額 × 保険料率
会社と本人で折半(50%ずつ負担)。
標準報酬月額とは
実際の報酬を一定の等級に当てはめたもの。4〜6月の報酬の平均で決定され、その年の9月〜翌年8月まで適用される。
保険料率(2026年度、東京都・協会けんぽの場合)
| 保険 | 料率(労使合計) | 会社負担 | 本人負担 |
|---|---|---|---|
| 健康保険 | 約10.00% | 約5.00% | 約5.00% |
| 介護保険(40歳以上) | 約1.60% | 約0.80% | 約0.80% |
| 厚生年金 | 18.30% | 9.15% | 9.15% |
| 合計(40歳以上) | 約29.90% | 約14.95% | 約14.95% |
健康保険料率は都道府県で異なる
協会けんぽの健康保険料率は都道府県ごとに異なる。東京都は約10.00%だが、佐賀県は約10.97%(2025年度)。自社の所在地で確認すること。
役員報酬別の社会保険料シミュレーション
月額報酬と社会保険料の関係(40歳以上、東京都)
| 月額報酬 | 標準報酬月額 | 会社負担(月額) | 本人負担(月額) | 合計(月額) | 合計(年額) |
|---|---|---|---|---|---|
| 20万円 | 20万円 | 29,900円 | 29,900円 | 59,800円 | 717,600円 |
| 30万円 | 30万円 | 44,850円 | 44,850円 | 89,700円 | 1,076,400円 |
| 50万円 | 50万円 | 74,750円 | 74,750円 | 149,500円 | 1,794,000円 |
| 80万円 | 79万円 | 118,105円 | 118,105円 | 236,210円 | 2,834,520円 |
| 100万円 | 98万円 | 146,510円 | 146,510円 | 293,020円 | 3,516,240円 |
| 150万円 | 139万円 | 207,905円 | 207,905円 | 415,810円 | 4,989,720円 |
※概算値。厚生年金には上限(標準報酬月額65万円)がある。
厚生年金の上限
厚生年金の標準報酬月額は最高65万円。月額報酬がいくら高くても、厚生年金の保険料は65万円×18.30%=118,950円(労使合計)が上限。
健康保険は最高139万円が上限。
国民健康保険 vs 協会けんぽ
保険料の比較
| 項目 | 国民健康保険 | 協会けんぽ |
|---|---|---|
| 計算基礎 | 前年の所得 | 標準報酬月額 |
| 扶養の概念 | なし(家族全員分の保険料がかかる) | あり(扶養家族は保険料0円) |
| 上限(年額) | 約106万円(2025年度) | 標準報酬月額に応じる |
| 保険料の負担者 | 全額自己負担 | 会社と本人で折半 |
扶養の有無が大きな差
国保には扶養の概念がないため、配偶者や子供もそれぞれ保険料がかかる。一方、協会けんぽは扶養に入れれば保険料0円。家族がいる経営者は法人化して協会けんぽに入る方が有利なケースが多い。
具体例: 年収800万円、配偶者+子供2人の場合
| 項目 | 国民健康保険 | 協会けんぽ |
|---|---|---|
| 本人の保険料 | 約80万円/年 | 約60万円/年(労使合計) |
| 配偶者の保険料 | 約15万円/年 | 0円(扶養) |
| 子供の保険料 | 約10万円/年 | 0円(扶養) |
| 合計 | 約105万円/年 | 約60万円/年 |
国民年金 vs 厚生年金
| 項目 | 国民年金 | 厚生年金 |
|---|---|---|
| 保険料 | 月額16,980円(2026年度) | 標準報酬月額 × 18.30% |
| 受給額(目安) | 月約6.5万円(満額) | 月約6.5万円 + 報酬比例部分 |
| 扶養配偶者 | 配偶者も保険料を払う | 第3号被保険者(保険料0円)で年金も受給可能 |
| 遺族年金 | 遺族基礎年金のみ | 遺族基礎年金 + 遺族厚生年金 |
| 障害年金 | 障害基礎年金のみ | 障害基礎年金 + 障害厚生年金 |
将来の年金受給額の差
月額報酬50万円で25年間厚生年金に加入した場合の目安:
報酬比例部分 = 50万円 × 5.481/1000 × 25年 × 12ヶ月
≒ 約82万円/年(月約6.8万円)
基礎年金: 約78万円/年(月約6.5万円)
合計: 約160万円/年(月約13.3万円)
国民年金のみ: 約78万円/年(月約6.5万円)
厚生年金に加入すると年金が約2倍になる。
社会保険料の削減方法
方法1: 役員報酬を適切に設定する
社会保険料は標準報酬月額に連動するため、役員報酬を下げれば社会保険料も下がる。
ただし、役員報酬を下げすぎると:
- 所得税の節税効果が減る(給与所得控除が使えない)
- 将来の年金受給額が減る
- 住宅ローンの審査に影響する
トータルで最適な報酬額を設定することが重要。
方法2: 賞与の活用(事前確定届出給与)
厚生年金の賞与にかかる保険料は、1回の支給につき150万円が上限。
つまり、月額報酬を低くして賞与を大きくすると、社会保険料を抑えられる可能性がある。
ただし:
- 事前確定届出給与の届出が必要
- 届出通りに支給しないと損金不算入
- 将来の年金額が減る
賞与スキームは慎重に
社会保険料の削減を目的とした極端な報酬設計は、年金事務所から指摘を受けるリスクがある。また、年金受給額が大幅に減るデメリットもある。短期的な節約と長期的な損失を天秤にかけること。
方法3: マイクロ法人の活用
個人事業主のまま事業を続けつつ、別のマイクロ法人を設立して社会保険に加入する方法。マイクロ法人の役員報酬を最低限にすることで、社会保険料を最小化できる(詳しくは「マイクロ法人」の記事で解説)。
社会保険の加入手続き
健康保険・厚生年金の新規適用届
年金事務所に届出。登記簿謄本のコピーが必要
被保険者資格取得届
役員・従業員の資格取得届を提出。マイナンバーの記載が必要
被扶養者(異動)届
配偶者・子供を扶養に入れる届出
保険証の交届
協会けんぽから保険証が届く(マイナ保険証の場合は資格確認書)
保険料の口座振替開始
当月分の保険料が翌月末に口座から引き落とされる
届出を忘れると遡及適用される
社会保険の届出を忘れても、加入義務は設立日に遡って発生する。届出が遅れると、設立日からの保険料をまとめて請求される。設立後すぐに届出を行うこと。
法人化前後の負担額比較
ケース: 年収700万円、40歳、配偶者+子供1人(東京都)
個人事業主の場合:
| 項目 | 年額 |
|---|---|
| 国民健康保険 | 約72万円(本人+配偶者+子供) |
| 国民年金(本人) | 約20.4万円 |
| 国民年金(配偶者) | 約20.4万円 |
| 社会保険料合計 | 約112.8万円 |
法人化した場合(役員報酬月額50万円):
| 項目 | 年額 |
|---|---|
| 健康保険(本人負担) | 約30万円 |
| 厚生年金(本人負担) | 約55万円 |
| 健康保険(会社負担) | 約30万円 |
| 厚生年金(会社負担) | 約55万円 |
| 配偶者・子供 | 0円(扶養) |
| 社会保険料合計(会社+個人) | 約170万円 |
| うち個人負担 | 約85万円 |
会社負担分も実質自分の負担
一人社長の場合、会社負担分の社会保険料も実質的には自分の事業から出ていく。ただし、会社負担分は法人の損金(経費)になるため、法人税の節税効果がある。
社会保険のメリット
社会保険料は高いが、以下のメリットがある。
| メリット | 内容 |
|---|---|
| 厚生年金 | 国民年金に上乗せで将来の年金が増える |
| 扶養制度 | 配偶者・子供の保険料が0円 |
| 傷病手当金 | 病気で働けない時に報酬の2/3を最長1年6ヶ月支給 |
| 出産手当金 | 出産前後に報酬の2/3を支給 |
| 遺族厚生年金 | 死亡時に遺族に年金が支給される |
| 障害厚生年金 | 障害を負った時に年金が支給される |
国民健康保険には傷病手当金と出産手当金がない。法人化による社会保険加入で、保障が手厚くなる。
よくある質問(FAQ)
Q1. 一人社長でも社会保険に加入しなければいけませんか?
はい、加入義務がある。法人は社長1人だけでも「適用事業所」となり、健康保険・厚生年金への加入が必要。
Q2. 役員報酬が0円の場合でも加入が必要ですか?
役員報酬が0円なら加入できない(保険料を計算できないため)。ただし、実態として報酬がある場合は加入が必要。
Q3. 社会保険料を滞納するとどうなりますか?
延滞金(年14.6%)が発生し、最悪の場合財産の差押えもある。銀行口座が差し押さえられると事業継続に支障をきたす。
Q4. パートやアルバイトも社会保険に加入させる必要がありますか?
2024年10月から、従業員51人以上の事業所は週20時間以上勤務・月額賃金8.8万円以上の短時間労働者も対象。小規模法人(従業員50人以下)は3/4基準(正社員の3/4以上の勤務時間・日数)が目安。
Q5. 個人事業主のまま社会保険に入れますか?
個人事業主は原則として国民健康保険・国民年金。ただし、従業員5人以上の個人事業所は健康保険・厚生年金の強制適用。5人未満でも任意で加入可能。
Q6. 法人化して社会保険料が高すぎる場合の対策は?
役員報酬の最適化、マイクロ法人の活用が主な対策。ただし、将来の年金受給額とのバランスを考慮すること。社会保険料を最小化すると、老後の年金も最小になる。
Q7. 社会保険料は確定申告で控除できますか?
社会保険料控除として全額が所得控除の対象。役員報酬から天引きされた社会保険料は、年末調整で自動的に控除される。
まとめ
法人化後の社会保険は避けて通れない。
押さえておくべきポイント:
- 法人は社会保険の強制加入(一人社長でも)
- 保険料は報酬の約30%(会社負担+本人負担の合計)
- 扶養制度は大きなメリット(配偶者・子供の保険料0円)
- 将来の年金が大幅に増える(厚生年金の上乗せ)
- 役員報酬の最適化で社会保険料をコントロールできる
社会保険料は「コスト」ではなく「投資」
社会保険料は高く感じるが、将来の年金増額、傷病手当金、扶養制度を考えると、単なるコストではなく将来への投資でもある。短期的な負担と長期的なリターンのバランスで判断しよう。