経営者の退職金で大幅節税 ── 退職所得控除の仕組みと計画的な積立
退職金は最も税優遇される所得
日本の税制において、退職金(退職所得)は最も税金が軽い所得の一つだ。
なぜか? 3つの優遇措置があるからだ:
- 退職所得控除 – 勤続年数に応じた大きな控除
- 1/2課税 – 控除後の金額の半分にしか課税されない
- 分離課税 – 他の所得と分けて計算(累進課税の影響を受けにくい)
この仕組みを理解し、計画的に退職金を準備することが、経営者の最大の節税策になる。
退職所得控除の計算
退職所得控除額
| 勤続年数 | 控除額 |
|---|---|
| 20年以下 | 40万円 × 勤続年数(最低80万円) |
| 20年超 | 800万円 + 70万円 ×(勤続年数 - 20年) |
勤続年数別の控除額一覧
| 勤続年数 | 退職所得控除額 |
|---|---|
| 5年 | 200万円 |
| 10年 | 400万円 |
| 15年 | 600万円 |
| 20年 | 800万円 |
| 25年 | 1,150万円 |
| 30年 | 1,500万円 |
| 35年 | 1,850万円 |
| 40年 | 2,200万円 |
退職所得の計算式
退職所得 = (退職金 - 退職所得控除額) × 1/2
役員等の勤続年数5年以下に注意
2022年分以降、勤続年数5年以下の法人役員等の退職金は1/2課税が適用されない。短期間で退職金を受け取る「短期退職手当等」への規制が強化されている。
退職金の税額シミュレーション
ケース: 勤続25年、退職金3,000万円
退職所得控除: 800万円 + 70万円 × (25 - 20) = 1,150万円
退職所得: (3,000万円 - 1,150万円) × 1/2 = 925万円
| 税目 | 計算 | 金額 |
|---|---|---|
| 所得税 | 925万円 × 33% - 153.6万円 | 約151.6万円 |
| 復興特別所得税 | 151.6万円 × 2.1% | 約3.2万円 |
| 住民税 | 925万円 × 10% | 92.5万円 |
| 税金合計 | 約247.3万円 | |
| 手取り | 約2,752.7万円 | |
| 実効税率 | 約8.2% |
同額を給与で受け取った場合との比較
3,000万円を一括で給与として受け取った場合:
| 項目 | 退職金 | 給与 |
|---|---|---|
| 収入 | 3,000万円 | 3,000万円 |
| 所得税+住民税 | 約247万円 | 約1,100万円以上 |
| 社会保険料 | なし | 対象 |
| 手取り | 約2,753万円 | 約1,900万円以下 |
退職金の方が800万円以上手取りが多い。
退職金は最強の受取方法
同じ金額でも、給与として受け取るか退職金として受け取るかで、手取りに大きな差が出る。長期的な視点で退職金を計画することが重要。
役員退職金の適正額
功績倍率法
役員退職金の適正額は、一般的に功績倍率法で計算する。
適正な退職金 = 最終報酬月額 × 勤続年数 × 功績倍率
功績倍率の目安
| 役職 | 功績倍率 |
|---|---|
| 社長・代表取締役 | 2.0〜3.0 |
| 専務取締役 | 2.0〜2.5 |
| 常務取締役 | 1.5〜2.0 |
| 取締役 | 1.0〜1.5 |
| 監査役 | 1.0〜1.5 |
計算例
- 最終報酬月額: 100万円
- 勤続年数: 25年
- 功績倍率: 3.0(社長)
適正な退職金 = 100万円 × 25年 × 3.0 = 7,500万円
不相当に高額な退職金は否認される
功績倍率法で計算した金額を大幅に超える退職金は、税務調査で**「不相当に高額」**として損金不算入となるリスクがある。同規模・同業種の水準も参考に、合理的な金額を設定すること。
退職金の損金算入時期
原則: 株主総会の決議日
役員退職金は、株主総会で退職金の支給を決議した日の属する事業年度に損金算入できる。
分割支給の場合
退職金を分割で支給する場合、以下のいずれかで損金算入:
- 決議日に全額を損金 – 原則的な処理
- 支給日に支給額を損金 – 分割支給の都度、損金算入する方法も認められる
分割支給で利益を平準化
退職金が多額の場合、一括で損金算入すると赤字になることがある。分割支給にして数年にわたって損金算入する方法も有効。ただし、分割の合理的な理由が必要。
退職金の積立方法
退職金を計画的に準備する主な方法を比較する。
主な積立手段の比較
| 方法 | 損金算入 | 年間上限 | メリット | デメリット |
|---|---|---|---|---|
| 小規模企業共済 | 所得控除(個人) | 84万円 | 全額所得控除、元本保証 | 個人の制度(法人経費でない) |
| 経営セーフティ共済 | 全額損金 | 240万円(総額800万円) | 全額損金、40ヶ月以上で全額返戻 | 総額上限あり |
| 法人保険(生命保険) | 全額〜半額損金 | なし | 大きな金額を積立可能 | 返戻率が100%未満のことが多い |
| 中小企業退職金共済 | 全額損金 | 月3万円/人 | 全額損金、助成あり | 役員は加入不可 |
小規模企業共済
- 対象: 個人事業主、法人の役員(従業員20人以下)
- 掛金: 月額1,000〜70,000円(500円刻み)
- 年間最大: 84万円
- 受取時: 一括→退職所得控除、分割→公的年金等控除
- メリット: 掛金全額が所得控除、共済金は退職所得
経営セーフティ共済(中小企業倒産防止共済)
- 対象: 1年以上事業を行っている中小企業者
- 掛金: 月額5,000〜200,000円(5,000円刻み)
- 年間最大: 240万円
- 積立上限: 800万円
- 解約返戻金: 40ヶ月以上で100%
法人保険の活用
生命保険を使った退職金準備は、2019年の税制改正で損金算入のルールが大幅に変わった。
| 解約返戻率 | 損金算入割合 |
|---|---|
| 50%以下 | 全額損金 |
| 50%超〜70%以下 | 60%損金 |
| 70%超〜85%以下 | 40%損金 |
| 85%超 | 最高解約返戻率に応じた制限 |
保険は「節税目的」で加入しない
法人保険は、あくまで退職金の原資を準備する「積立手段」。保険料の損金算入だけを目的にすると、返戻率が低く元本割れする商品を選んでしまうリスクがある。
退職金の準備スケジュール
退職金規程を作成
功績倍率法の基準、支給条件を定める。株主総会で決議
積立を継続
小規模企業共済(年84万円)+ 経営セーフティ共済(年240万円)で合計324万円/年
法人保険の検討
共済の上限に達したら、法人保険で追加の積立を開始
退職金額の試算
功績倍率法で適正額を試算。報酬月額の調整が必要なら早めに対応
株主総会で決議
退職金の金額を決議。議事録を作成・保管。支給方法(一括/分割)を決定
退職金と他の制度の組み合わせ
iDeCo + 退職金の受取タイミング
iDeCoと退職金を両方受け取る場合、受取のタイミングによって退職所得控除の計算が変わる。
2022年4月以降のルール:
- iDeCoの一時金を先に受け取った場合: その後19年以内に退職金を受け取ると、退職所得控除が重複排除される
- 退職金を先に受け取った場合: その後4年以内にiDeCoの一時金を受け取ると、同様に重複排除される
退職金→5年後にiDeCoが有利なケースも
退職金を受け取って5年以上経過してからiDeCoを一時金で受け取ると、退職所得控除をフルに使える。受取のタイミングは慎重に計画すること。
小規模企業共済の受取タイミング
小規模企業共済の共済金も退職所得として受け取れる。退職金やiDeCoとの関係に注意。
役員退職金の実務上の注意点
1. 退職の事実が必要
退職金を受け取るには、実際に退職することが原則。代表取締役を退任して平取締役になる「分掌変更」でも退職金を支給できるケースがある。
2. 議事録の作成
退職金の支給は必ず株主総会(または取締役会)で決議し、議事録を残す。
3. 退職所得の受給に関する申告書
退職金を受け取る際、**「退職所得の受給に関する申告書」**を法人に提出する。提出しないと、退職金の20.42%が源泉徴収される。
4. 最終報酬月額の引き上げに注意
退職直前に報酬月額を大幅に引き上げて退職金を増やす手法は、税務調査で否認される。計画的・段階的な報酬の引き上げが重要。
死亡退職金の取り扱い
経営者が在任中に死亡した場合の退職金(死亡退職金)にも特例がある。
相続税の非課税枠
非課税限度額 = 500万円 × 法定相続人の数
例: 法定相続人3人の場合、1,500万円まで相続税非課税。
法人側の処理
死亡退職金も功績倍率法で適正額を算定し、法人の損金に算入できる。弔慰金は別途、以下の範囲で非課税:
- 業務上の死亡: 月額報酬 × 36ヶ月
- 業務外の死亡: 月額報酬 × 6ヶ月
よくある質問(FAQ)
Q1. 役員退職金に上限はありますか?
法律上の上限はないが、「不相当に高額」な部分は損金不算入。功績倍率法で3.0以内が一般的な安全ライン。
Q2. 一人社長でも退職金を出せますか?
出せる。株主総会(一人株主)で退職金の支給を決議すればよい。ただし退職の事実が必要。
Q3. 退職金を分割で受け取ると税金は変わりますか?
退職金を分割(年金形式)で受け取ると、**雑所得(公的年金等)**として課税される。一括受け取り(退職所得)の方が税制上有利なケースが多い。
Q4. 退職後に再雇用した場合、退職金は認められますか?
認められる場合がある。代表取締役を退任して顧問に就任するなど、実質的に地位・職務内容が大きく変わっていれば退職金は有効。
Q5. 勤続年数はどうカウントしますか?
法人の設立日(または就任日)から退任日まで。1年未満の端数は切り上げ(例: 24年6ヶ月→25年)。
Q6. 個人事業主時代の期間は勤続年数に含められますか?
個人事業を法人成りした場合、個人事業主時代は原則として勤続年数に含めない。ただし、法人成り前の功労を加味する余地はある(功績倍率で調整)。
Q7. 退職金規程がなくても退職金を支給できますか?
可能。株主総会の決議があれば支給できる。ただし、規程を整備しておく方が税務調査で有利。退職金の算定根拠を明確にしておくことが重要。
まとめ
役員退職金は、退職所得控除・1/2課税・分離課税の3つの優遇で、最も税金が軽い受取方法だ。
経営者がやるべきことは:
- 退職金規程を作成し、功績倍率法の基準を定める
- 小規模企業共済(年84万円)で積立を開始する
- 経営セーフティ共済(年240万円)で法人側の積立を行う
- 法人保険で上乗せの積立を検討する
- iDeCoとの受取タイミングを計画する
退職金は「将来の話」と後回しにされがちだが、早く始めるほど勤続年数が長くなり、退職所得控除が増える。今日から計画を始めることをおすすめする。
退職金計画は税理士と一緒に
退職金の適正額、積立手段の選択、受取タイミングの最適化は、専門的な判断が必要。顧問税理士と一緒に中長期の退職金計画を立てることが、最大の節税につながる。